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先輩と猫

 初めて先輩の部屋に行ったのは、北風の強く吹く秋の日だった。
 部室に来るなり発された「鍋やるひと!」という先輩の声に抗えず、私はテキストファイルを閉じる。ノートPCを職員室に返して廊下に出ると、すでに靴を履いた先輩が下駄箱前で待っていた。
「スーパー寄ってこ?」
 すらりと長い手をセーターに半分隠し手招きをする姿が、昇降口に射し込む夕日の橙色と相俟って、綺麗だなあと思う。同じ制服を着ているのに、私とは別の世界のひとみたいだ。
 私はかじかむ手をこすりながら、先輩と二人、放課後の校舎をあとにした。
 先輩は三年生、私は一年生。私の所属する文芸部には、もうこの二人しか部員が残っていない。二年生は元々おらず、一年で入部したのは私だけ。他の三年は受験のため引退し、今年度での廃部が決まっていた。

 スーパーの袋を下げて、堤防を歩く。
 風よけのない土手には木枯らしが吹き荒れ、いくら手に息を吹きかけても暖まる気配がない。手の感覚がなくなり始めた私に、先輩が手袋を片方差し出した。
「手を繋げばあったかいよ。手袋は半分こね」
 受け取った手袋を左手にはめると、先輩は私の右手を取って指を絡める。体温が指の間から伝わって、じんじんと指先に響いた。

      *

 1DKのアパート、それが先輩の住まいだった。一人暮らしだと言うことを、はじめて知る。家族については気が引けて聞けなかった。
 置いてある家具はソファとテーブルと勉強机だけ。さっぱりとした部屋に、丸いふかふかのラグが心地良い。
「準備するから、座ってて」
 テーブルに電気コンロを用意して、昆布の浮かぶ土鍋を置く。思いのほか野菜の値段が高くて、湯豆腐にしようとスーパーで決めた。
 テーブルに置かれた薬味と鰹節を取ろうとして、ふと、人数よりひとつ多い小皿に目が行った。三つ目の小皿には鰹節だけが分けて入れてあり、先輩は何の気なしに、それを床に置いた。
「先輩、それは……?」
 尋ねる私に、先輩は手を口に当てて耳打ちする。
「あのね、うち、猫がいるの」
「えっ」
 まるで猫のいる気配がなかったから、驚いて声を上げてしまった。思わず部屋を見渡す私に、先輩は耳元でもう一度囁く。
「――幽霊なの」
 ……猫の幽霊。そんなものが、この部屋に?
 曰く、夜に走り回る音や鳴き声が聞こえたり、いつの間にか猫の通れる隙間だけ扉が開いていたりするらしい。
 そういえば玄関に盛り塩があった。聞けば霊が清らかでいるために置いているのだとか。祓うなどという気はないようだった。
 おかしな話だとは思ったけれど、先輩が話す言葉はごく自然で、不思議と怪しいとか、不快に思うことはなかった。
 その日の夜帰る頃になっても、私が猫の気配を感じ取ることはできなかったけれど。

      *

 あの日以来、先輩は部室に顔を見せなくなり、私は文芸雑誌への投稿作執筆のため、ずっと部室を一人で使っていた。
 いつだって唐突な先輩だったから、そのうちまた来るだろうと思ううち、いつしか季節は過ぎ、三月を迎えていた。

 卒業式の日。
 在校生として式に出席した私は、校庭で見送る卒業生のなかに先輩を見つけることができなかった。
 顧問の先生に聞くと、先輩は卒業を待たずに、引っ越してしまったという。
「猫は、一緒に連れて行けたのかな……」
 美しくて気まぐれで、いつの間にかいなくなってしまうなんて、先輩のほうが猫みたいだ。
「あ、そーだ。部室、片付けとけよー。欲しいものあったら、持ち帰っていいから」
 先生が言い残して去ってゆく。春休み中には別の部に部室が引き渡されるのだろう。
 部室のロッカーに歴代の部誌が積まれているのを思い出して、私は部室棟へ足を向ける。
 青い空、桜の蕾、明るく響く声、別れを惜しむ涙。
 春になりきれていない風が校庭を撫で、校舎のあいだを冷たく渡る。思わずブレザーのポケットへ手を差し入れると、手袋が私の左手に触れた。
 あの日持ち帰ってしまったままの。気まぐれな先輩がいつ現れても返せるようにと、ポケットに入れっぱなしの。
 片割れと遠く離れてしまった手袋は、それでもふわふわと子猫のように温かかった。


おわり

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「ひかり」(クリスマスのおはなし)

 演奏会を終えた彼女が道の向こうから手をふり、僕は軽く手を上げてこたえた。
 僕を見つけたとき、彼女の瞳はすこし大きくなる。キラキラとしたその一瞬を見逃したくない僕は、誰よりも彼女の姿を見つけるのが得意だと思う。
「おなかペコペコだよ~」
 バイオリンケースを下げ、ゆるい癖毛の髪をアップにした美しい僕の幼なじみは、会うなり空腹を訴えた。大人びた姿に見とれていた僕は、いつもと変わらぬ彼女の言動にくすりと笑いがこぼれる。
 空いた手を僕の腕にするりと滑り込ませ「ごはん、早く行こ?」と促す彼女。ディナーの予約時間にはまだ早いから、二人で街のイルミネーションを楽しもうと思っていたのだけれど。
「あ……」 
 小さく彼女は呟き、足を止めた。
 視線の先には、 ゆかしい店構えの小さな楽器店があった。きらびやかなブランドショップの狭間にあっても、たち消えぬ存在感。そのショーウィンドウには、ピカピカに磨かれた管楽器や弦楽器が並んでいる。
 唐突に、過去の景色が僕の頭をよぎった。
「子供の頃、読んでもらった犬と猫のはなし、覚えてる? 路地裏に棲む灰色猫と、黒い犬の……」
「クリスマス会のでしょ? あれって、最後二匹はどうなったんだっけ」
 彼女が首をひねる。朧気な記憶に、穏やかな猫の瞳が浮かんだ。
「お話のなかに、こんな楽器屋さんがあったよね? 私も今、思い出してたとこ」
「……うん」
 同じ日の記憶を持つことが、同じ風景を一緒に思い出せたことが、すごく嬉しかった。
 不仲な両親が僕を置いたまま、家に帰ってこなかったあの日。華やかなホームパーティーを抜け出して、君が僕を小さな児童館のクリスマス会に連れ出してくれたあの夜。
 館長さんが子供たちに読み聞かせてくれた物語は、優しくて、少しさみしくて、でも穏やかで。それは静かに僕の心に沁みたのだった。あれは、なんという物語だったのだろう。

 少しの静寂のあと、「クリスマスおめでとう」と彼女が言った。 白い息が、その場に留まる。
「……ありがとう」
 出てしまった言葉にハッとして、手を口に当てる。彼女は笑って「おめでとう、でしょー」と組んだままの腕で僕を小突いた。

 We wish you a merry Christmas,
 We wish you a merry Christmas……
 白い衣装の子供たちが、歌を歌いながらイルミネーションのなかに溶けてゆく。
「And a happy New Year」
 子供たちに合わせて口ずさむと、彼女も歌っていた。

 こんなにも祝福に包まれた街は、望めばきっと誰にでも光を分けてくれるのだろう。
 たとえ光の届かないような路地裏にいたとしても、きっと。



おわり

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星を渡る風待ち

『おおぐま座塔発、こぐま座塔行きの風をお待ちのお客様にご連絡いたします。ただいま風速十八・三メーターパーセックで、お隣、こと座塔を出発しております。あと四〇秒ほどで当塔に到着いたします。お乗り忘れのないよう、ご支度ください』

 待合室に響く塔内放送。
 僕は弾けるように立ち上がった。キャリーカートを引く暇はなく、両手で抱えてエレベータに滑り込む。最上階のボタンはすでに押されていた。
 ドア以外、三方硝子張りのエレベータ。地上は遥か彼方。ここおおぐま座塔は標高二〇〇〇メートル級で建てられているから、下を覗き込んだって地面なんて見えない。
 ホーム階に降りると、すでに嵐だった。
「さっきまでのんびり進んでたじゃねーか!」なんて悪態も、風で押し込められてしまう。体が暴風に煽られて、うまく一歩を踏み出せない。でもなんとかして、乗風口まで行かなくては。
 フッ、と、足が軽くなった。風が到着して、乗風扉が開いたのだ。
 嵐は嘘のようにぴたりと静まり、僕は慌てて停風中の風に乗り込んだ。

 人類が地上での生活を見限って塔を建てたのは僅か二十数年前。僕が生まれる少し前のこと。地上の気温が上昇しすぎたのだと、歴史の教科書で習った。最後の地上生活者が塔に移り住んだときの最高気温は、どの地域も五〇℃を上回っていたらしい。
 世界には現在八十八の塔があり、すべてに星座の名前がついている。ひしめく塔の往来に飛行機械は使えず―人類は風に乗る技術を開発したものの、風速の制御にはいまだ至っていない。
「まーってー!」
 遠くから、必死に叫ぶ高い声が聞こえた。だんだん近づいて来る、と思った瞬間、閉まりかけの乗風扉から女の子が転がり込んできた。衝撃。一瞬の暗転。
 なぜか僕は倒れていて、見知らぬ女の子が僕の上に跨がって座っていた。
「いたたた……よかった、間に合った……きゃあああごめんなさいい!」
 可愛い女の子の真っ赤な顔が僕の目の前にある。何が起こったかすぐに把握できなかったけれど、とんだ災難に見舞われたことだけは理解した。

          ☆

「君も、こぐま座塔に?」
 あのあと二人で立ち上がって、散々謝罪をされて、とにかく席に……と乗風券を確認したら、僕の向かいが彼女の指定席だった。
 今僕たちが乗っている風は、おおぐま座塔から終着塔まで止まらない特別急行だ。こぐま座塔までの約八時間を、彼女と共に過ごすことになる。
 僕はたぶん彼女よりも年上だから、気まずそうに目を逸らし、斜め下を向く女の子の気持ちをほぐすよう話しかけていた。うう、めんどくさいけど。
「面倒なら、無理に話しかけなくていいんですよ……」
「えっ、声に出てた!?」
「いえ、出てませんけど……でもそう思ってたんですね」
 言葉に詰まる僕。どうして僕がこんなに気を遣わなければならないのか。
「こぐま座塔に、祖母の家があるんです。……夏休み、なので」
 お兄さんは? と促されて、「僕もそんなところ、かな」と曖昧に答えた。
「ふうん」
 ちゃんと答える気がないことを察したのか、彼女はそれ以上追求せずに、斜めがけポーチからプリッツを取り出して窓の外を眺めながら食べ始めた。
 本当はこぐま座塔に僕の親戚なんて住んでいない。
 今ある世界八十八塔のなかで一番始めに建てられたこぐま座塔は、六〇〇メートル級というかなり低い塔だ。高校最後の夏休み。僕はこの目で地上を見るために、この風に乗ったのだ。

          ☆

「風が、来ない……?」
 僕は今、こぐま座塔の最上階にいた。
 端的に経緯を言えば、この塔で、僕は地上を見ることができた。
 ……というか、この塔を設計した人間はよほどの物好きだったのか、展望階の床も、エレベータの床も、一部分が硝子張りで作られていたのだ。 
 夏休みの間にこぐま座塔を歩き回り、地上が見える場所を探すと言う僕の目的は、長旅を終えて風から降り立った瞬間に、あっさりと果たされてしまったのだった。八時間もかけて、友達の遊びの誘いも全部断って、一世一代の冒険をするつもりで、ここまで来たのに。

「お兄さん、星を渡る風待ち? 来たばっかなのに、もう帰るの?」
 振り向くと、さっきまで一緒だった女の子が立っていた。
「そう、だけど……」
「おおぐま座塔みたいな都会とちがって、ここは田舎だよ? あと数ヶ月は、風は止まらないの。知らなかった?」
 確かに、風を停風させるのにはかなりのエネルギーが必要で、しかもこぐま座塔のような低い塔に送り込むのはより高度な技術なのだと、いつかの科学の授業で習った。だから、人口の少ない、低い塔には必要最低限の本数しか、風は行き来しない、と……。
「えっ、ええっー!」
 困る。それは非常に困る。
 高校最後の夏休み、のはずが。このまま何か月も帰れなかったら、来年も引き続き高校生になってしまうじゃないか!
 僕はすでに来年の大学進学が決まっていて、進学先では、地上に取り残された技術を研究するための部屋に入る予定で……。
「ねえ、行くところがないなら、うちにおいでよ。……夏休みだから、なんて嘘。わたし、都会の学校が嫌になっちゃったから、家出して来たんだ」
 彼女は軽くそう言うと、プリッツを差し出した。
「あ、おばあちゃんの家があるのはほんとだよ? 今は空き家だけど……わたしはしばらくそこにいるつもり。女の子の一人暮らしは物騒でしょ?」
 僕は失意のまま、ふらふらとプリッツを受け取る。女の子は、「じゃあ決まりね!」なんて勝手に言うと、翻って手招きをした。
(なんとか高校に連絡を取って、不慮の事故として扱ってもらう……いや、まてよ。授業なら動画チャットで出席すれば、単位に加算してもらえたはず……いやしかし、こんな田舎で果たして電波が繋がるのか? えーっと、えーっと……)
「ええい、もうどうにでもなれ……だ!」
 まだ夏休みは始まったばかり。一か月のうちに、なんとか留年しない方法を見つければいいんだ! やればできる、やればできる……!
「お兄さあーん、なにやってるのー? 早く早く!」
 手にあったプリッツをポキポキと手早く口に入れて、手についた粉を叩いて。こぐま座塔のホームを背に、僕は走り出す。
 女の子は、弾ける笑顔で僕に手を振っていた。
 行きの風のなかの、気まずい雰囲気はどこに行ったのか。
 都会の学校が嫌で家出と言っていたけれど、一体何があったのだろう――いや、いまは詮索はよそう。まだ夏休みだし。
 ……そういえば、彼女の名前聞いてなかったな。

 まだ名前も知らない女の子の、揺れる白いノースリーブワンピースが。
 一面の硝子窓から差し込む太陽の光を反射して、ひどく眩しく見えた。


終わり


***
zine展in Beppuに出すためのポップを作っていて、短篇集は、なにかいっこずつくらいお話を紹介しておいた方がいいのかなあと思って、ブログに載せてみました。


とゆうわけで、「綺羅星と星屑」収録作品「星を渡る風待ち」でした。

ちなみに表題作「綺羅星と星屑」は、かなり作風がちがうとゆうか、熊の元々の作風は「綺羅星と星屑」の方なので、これ載せたの逆効果なんじゃね…?とゆう気がしないでもない…!!
かるいノリで読み進められるお話が好きな方にも!って思って書いたのが「星を渡る風待ち」です。
良く言えば、違った作風のお話が楽しめる一冊です。

それにしても、「風を渡る星待ち」って素敵なタイトルじゃありませんか?
このタイトルは、千美生の里の野間みつねさんにいただいたのでした。
お題をいただかなかったら、このお話も、そのあとに書いた「綺羅星と星屑』も生まれなかったのですっ。


こちらの見本誌サイトで、他の短編のサンプルも読めます。


***
zine展in Beppuさんは、大分県別府市で行われる展示即売会なのですが、遠くの方でも本を手に入れることのできる「お買い物代行サービス」を行ってくださるそうですっ。
こちらから申し込めますので、ぜひぜひ☆


***
既刊ですので、感想などいただいたりしていまして、ご紹介させてください…!
ご感想、ほんとうにうれしいです。おたからです。

・a piacere*まりもさんのブログ「第三回文フリ大阪感想文その3

・モラトリアムシェルタ*咲祈さん「【感想】-「綺羅星と星屑」-くまっこさん










ほんとうにほんとうにありがとうございます!
あまり表に出してないのですけど、こうしてご感想いただけたときは、泣くほど喜んでるです…!!

箱のなかの毛布(公園に捨てられた兄妹猫の、ちいさなお話)

 僕は、四角い箱の中にいた。
 いつからここにいるのか、箱に入る前はどこにいたのか。まるで思い出せないけれど、そんなことは別にどうでもいいことだった。
 気がついたらここにいて、箱にはやわらかい布が敷いてあって、それにもぐりこむと凍てつくような空気を浴びなくてすむ。それだけ分かっていれば、安心だった。
 布の中には、僕と同じように丸まる《もういっぴき》がいた。
 そのもういっぴきは布よりもあったかくてやわらかくて、布の中で寄り添うと僕はすぐにねむたくなるのだった。

 幾度か眠っては起きてを繰り返した昼下がり、《べつのいっぴき》が僕たちの箱を覗き込んだ。
 白くて大きいそいつは、じろりと僕たちを見て「おまえたち捨て猫かい?」と聞いた。
「ステネコ?」
 聞いたことのない言葉だったから、僕は確かめるように聞き返した。
「人間の家で産まれたのに人間に捨てられた猫のことを、人間がそう呼ぶのさ。そっちは兄弟だろう?」
「キョウダイ?」
 《白いの》は、また知らない言葉を使った。
「同じ母親から一緒に産まれてきたってことさ」
「ふうん?」
 白いのの言うことはむつかしくてよく分からなかったから、僕はあいまいにうなずいた。
「おまえたちずっとそこにいるけど、おなかはすかないのかい?」
 今度は僕にも理解のできる言葉だったから、僕は箱の隅の布の下に隠してある『カリカリ』をちらりと見せた。
 これは僕ともういっぴきのゴハンだ。カリカリと歯ごたえが良くて、食べるとおなかが満たされる。すこしずつ、なくならないようにすこしずつ、僕たちはカリカリを食べて過ごしていた。
「そんなの、すぐになくなっちまうだろう? なくなったら餌はどこで獲るんだい? この公園で暮らしていくなら、そんな箱捨ててこっちに来なよ」
 たしかにカリカリは残り少なくなっていた。はじめは袋いっぱいに入っていたはずなのに、もうあと一回食べたら、たぶんなくなってしまうだろう。
「ゴハンはほしい。どうしたらいいの?」
「挨拶するんだ」
 白いのはそう言って体を翻しスタスタと歩きだしたから、僕はあわててその後を追った。
「兄弟は?」
 箱の中で丸まっているもういっぴきを見て、白いのがあごを指す。
「あいつはまだちいさいし」
「ちいさくたって、挨拶くらいできるだろう?」
「あんまり、うまくあるけないんだ」
「ふうん」
 白いのは僕たちの箱を一瞥して「まあいいさ」とつまらなそうに言った。

 そうして歩いて、白いのに連れて行かれた先には《黒くて大きいの》が前脚を折り畳んで座っていた。
「捨て猫だよ」
 白いのが言うと、黒くて大きいのは僕をじろりと睨みつけてから「なんだ黒猫か。俺と同じだな」と言って笑った。
「捨てられてよかったなあ。おまえは自由だ。餌は好きに獲っていいし、食いっぱぐれたら、またここに来な。慣れるまでは面倒みてやるからさ」
 黒くて大きいのは、見た目とちがって優しかった。堂々としていて強そうで、僕は彼と同じ色だということを、少しだけ誇らしく思った。

 その日から、僕は箱を出て公園を歩き回った。餌が獲れそうなところを探したり、ひなたぼっこをしたり、でも遊び疲れるとまた箱に戻って、あったかい布に潜って、もういっぴきに寄り添ってねむった。

          ○

 箱の中のもういっぴきは、いつもねむっていた。僕は公園の猫たちよりもまだ小さかったけど、もういっぴきは僕よりもっと小さくて弱々しかった。
 僕は大切なキョウダイをもっと大きくするために、たくさん餌を獲ってきては、箱に入れる。餌をあんまり獲れなかったときは、自分のゴハンを我慢したり、様子を覗きに来た白いのに分けてもらったりした。
 そうして僕はどんどん大きくなったけれど、もういっぴきは小さいまま変わらぬあたたかさで箱の中にいる。僕はそのぬくもりが大好きなのに、公園の猫たちは「あの小さいのも時間の問題だな」とささやきあっていた。

 時が来ると、もういっぴきは冷たく、固くなるのだと、白いのが言った。
 もういっぴきはこんなにあったかいのに、やわらかいのに、それが冷たくなったり固くなったりするなんて、信じられない。信じられないけれど、それが死ぬということなのだと、黒くて大きいのは僕に教えてくれた。僕も、白いのも、黒くて大きいのも、いつかは冷たくて固いものになるんだって。
 《時》というのは、そんなに恐ろしいものなのだろうか。白いのも黒くて大きいのも敵わないなんて、すごく大きいのかもしれない。「時が来たら追い払ってやる」と僕が意気込んでいたら、黒くて大きいのが「そうだな」と言って、白いのは珍しく何も言わなかった。

          ○

 白いのは毎晩、公園を隅々まで歩きまわる。この公園で暮らす猫のことを、白いのはみんな知っている。
「俺も捨て猫だったんだ」
 箱の中でもういっぴきのあたたかさを確認していたら、白いのが上から覗き込んでいた。
「おまえらと違って、ずっと人間の家で暮らしていたんだ」
 そう言って白いのはもういっぴきのにおいを嗅ぐと、見たこともない怖い顔をして、僕を見据えた。
「時は俺らには追い払えない。こいつを人間に預けるんだ。できるかい?」
 ……僕はいま、一番のむつかしいことを言われたのだと思う。でも、これはちゃんと考えなくちゃいけないことみたいだ。
 白いのは、「《時》に歯向かえるのは人間だけなんだ」と僕に教えて、またすぐにどこかへ行ってしまった。夜の公園には昼間はいない猫たちも集まってくるから、白いのは忙しいのだった。
 僕は、ここにいるもういっぴきを箱から出すなんて、考えたこともなかった。だって箱から出たら、もういっぴきは生きていけないじゃないか。だから僕は、もういっぴきのために餌を獲るし、もういっぴきも僕をあたためてくれる。
 この公園は自由な場所で、僕たちはなんだってできる。それなのに。もういっぴきを救えるのは僕しかいないのに、僕にはその力がないなんて。ましてや、もういっぴきを救えるのが、僕たちを捨てた《ニンゲン》だなんて。
 ——でも、もういっぴきが、冷たくて、固いものになるのは、もっと嫌だ。

 そうして僕は、一晩中考えて、決心をした。

          ○

 公園に来るニンゲンには、《いいニンゲン》と《わるいニンゲン》がいるということを、この公園で遊んでいるあいだに僕は学んでいた。
 いいニンゲンはカリカリを公園に置いていく。
 わるいニンゲンは……僕たちを追い回したり、ひどいめに合わせたりする。
 この公園で何度もニンゲンに会っては、いいことや嫌なことを経験して、僕は足音でなんとなく、ニンゲンの種類を聞き分けられるようになっていた。
 ——もういっぴきを、わるいニンゲンに見せるわけにはいかない。
 いいニンゲンの足音はやわらかくて、砂をつぶすような音だ。僕はそんな足音を聞くたびに「なあああん」と大きな声を立てた。

          ○

 そんな日が何日か続いたとき、男と女の二人組が僕の声を聞いて近づいてきた。男はニコニコと僕を眺めていて、女の方は低くしゃがんで僕と目線をあわせ「チッチッチ」と口をならしている。
 僕は慎重に距離をとりながら、僕たちの箱に二人を案内することにした。
 ニンゲンは何ごとかをいいながら、不思議そうな顔をして、僕についてくる。
 そしてとうとう、もういっぴきのねむっている箱まで、ニンゲンを連れてきてしまった。
 ——どうか、いいニンゲンでありますように。
 僕はそう願いながら、箱にニンゲンを、おびき寄せた。

「・・・・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・・・!」

 二人が何を話しているのかなんて分かりようがないけれど、ニンゲンは箱の中を見て、たいそう驚いているようだった。
 もういっぴきは、昨日よりも一昨日よりも、ぐったりとしている。日に日に元気がなくなっていて、黒いのも白いのも、もう限界だろうと言っていた。
 自分で自分を守れない奴はここでは生きていけないという。僕がもういっぴきのぶんまでがんばったって、それはどうしようもないことなのだと。ほかの猫たちも、そういう奴をたくさん見てきたって、口々に言っていた。
 だから。
 僕は僕たちを捨てたニンゲンに、賭けを挑むのだ。
 本当はそんなこと絶対に絶対に嫌だったけれど、もういっぴきは弱くてちいさくて、ここでは生きていけないから。僕には、もういっぴきを救える力がないから。もう、そうするしかないんだ。

 二人のニンゲンは何かを決意したように頷きあうと、もういっぴきをそっと抱き上げて、ポケットから取り出した白いハンカチの上にやさしく置いた。
 もういっぴきは、抵抗もせずに人間の手のひらの上にいる。
 ニンゲンの手のひらにちょうどよく収まるもういっぴきを見て、あんなにちいさかったのか、と僕はあらためて思った。
「いもうとをまもっていたんだね、えらかったね」
 ニンゲンは、もういっぴきを見つめている僕に近づくと、そう言って頭を優しく撫でた。
 僕は、その一瞬だけだけれど、あったかい家の中で同じように頭を撫でてくれたニンゲンの手のひらの感触とミルクの味を思い出して、胸のあたりがほんのすこし、しめつけられるような感じがした。
「ごめんね、うちではいっぴきしか、かえないんだ。たいせつないもうとはあずかるからね。またくるね」
 ニンゲンの言葉はやはりまるで分からなかったけれど、あったかいのだけは伝わってきて、僕は安心して「ニャー」と返事をしてあげた。

 ニンゲンの手のひらに乗ったもういっぴきは、西日をあびて金色に輝いて見えた。僕とは正反対の、明るい黄色のトラジマ模様は、きっとニンゲンに愛されるいい色だ。
 賭けの結果はまだ分からないけれど、きっともういっぴきは幸せになれる。そう僕は、信じることにしよう。
 もういっぴきは僕の声を聞いて、ちいさなちいさな弱々しい声で、僕を呼んだ。久しぶりに聞いたもういっぴきの声は、僕が最後に聞くもういっぴきの声だろう。
 ——僕はいつか、ずっと隣にいたもういっぴきのぬくもりを、忘れてしまうだろうか。


 さよなら、僕のもういっぴき。
 さよなら、僕の大切なきょうだい。






***
「ねこのはなし」という猫作品短編集に掲載したお話です。
別の場所にアップしていたのですが、ブログにも持ってきてみました。
このちいさい黒猫くんの、その後のお話があったりなかったりするかも…な一冊です。

こちらのサイトで、他の短編のサンプルも読めます。

http://books.doncha.net/happy-reading/detail.pl?uid=93165147&bookid=417


「ねこのはなし」は手持ち在庫が少ないのですが、架空ストアさんに委託しているので、もし他のお話も読んでみたいとかありましたらぜひこちらからどうぞ!

https://store.retro-biz.com/page_detail_2927.html#i9339

3月21日のテキストレボリューションズとゆうイベントで委託に出すかどうか、まだ迷っていますが、もしそちらで購入したいとゆうありがたやな方がいらっしゃいましたら、がんばって増刷するかもしれません…!!


ではでは、広告が出ていたので、消すための更新と見せかけた宣伝記事のような更新でしたっ。

【300字SS】自分さがしの旅(あまい)

 ショートケーキの夢を見た。幼い頃の記憶。
 今は天然の砂糖も生クリームも手に入れるのが難しくて、あの体に溶け込むような甘みをもう感覚でしか思い出せない。

 人工甘味料と粉牛乳に枸櫞液をたらしてホイップしたクリームは、鼻につく甘ったるさと喉を通る微かな苦み……ああ、違う。

 ボウルでホイッパーを振る懐かしい方法で、僕はクリームを作り続けた。
 だってあの純白の味を作れたら、僕は変われる気がするから。なんとなく、なんとなくだけれど。
 当時すでに高級品で、誰かの誕生日に、小さいホールをみんなで一口ずつしか食べられなかったけど。
 あのほおばった一口が、幸せの味ってやつだったんだ。

 だから僕は、今日もホイッパーを振り続ける。


(くまっこ)

Appendix

くまっこにっき?

ここは前まで「クマザサ秘密通路」っていうブログだったんだけど、くまっこちゃんが乗っ取りました!
なので、くまっこが日々の恥ずかしいあれやこれやどれやをちまちま載せていく日記になったんだ。
物語とかイラストとか日記とかケーキとか載せていくから、仲良くしてね。

熊についてだよ。

くまっこ

Author:くまっこ
イラストレーターと見せかけて、ただのラクガキ熊。
楽譜の裏と100円ボールペンがお仕事道具。
72色入り298円のクレヨンが宝物。
(よく数えてみたら71色しかなかった。※同じ色が2本入ってた)

くまっこあるばむ。

いまこんなかんじ。

ついったなう。

お手紙ほしいよ!

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ちがうところ。

こんなの聴いてる。

来てくれてありがと。

見てくれてありがと。

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