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星を渡る風待ち

『おおぐま座塔発、こぐま座塔行きの風をお待ちのお客様にご連絡いたします。ただいま風速十八・三メーターパーセックで、お隣、こと座塔を出発しております。あと四〇秒ほどで当塔に到着いたします。お乗り忘れのないよう、ご支度ください』

 待合室に響く塔内放送。
 僕は弾けるように立ち上がった。キャリーカートを引く暇はなく、両手で抱えてエレベータに滑り込む。最上階のボタンはすでに押されていた。
 ドア以外、三方硝子張りのエレベータ。地上は遥か彼方。ここおおぐま座塔は標高二〇〇〇メートル級で建てられているから、下を覗き込んだって地面なんて見えない。
 ホーム階に降りると、すでに嵐だった。
「さっきまでのんびり進んでたじゃねーか!」なんて悪態も、風で押し込められてしまう。体が暴風に煽られて、うまく一歩を踏み出せない。でもなんとかして、乗風口まで行かなくては。
 フッ、と、足が軽くなった。風が到着して、乗風扉が開いたのだ。
 嵐は嘘のようにぴたりと静まり、僕は慌てて停風中の風に乗り込んだ。

 人類が地上での生活を見限って塔を建てたのは僅か二十数年前。僕が生まれる少し前のこと。地上の気温が上昇しすぎたのだと、歴史の教科書で習った。最後の地上生活者が塔に移り住んだときの最高気温は、どの地域も五〇℃を上回っていたらしい。
 世界には現在八十八の塔があり、すべてに星座の名前がついている。ひしめく塔の往来に飛行機械は使えず―人類は風に乗る技術を開発したものの、風速の制御にはいまだ至っていない。
「まーってー!」
 遠くから、必死に叫ぶ高い声が聞こえた。だんだん近づいて来る、と思った瞬間、閉まりかけの乗風扉から女の子が転がり込んできた。衝撃。一瞬の暗転。
 なぜか僕は倒れていて、見知らぬ女の子が僕の上に跨がって座っていた。
「いたたた……よかった、間に合った……きゃあああごめんなさいい!」
 可愛い女の子の真っ赤な顔が僕の目の前にある。何が起こったかすぐに把握できなかったけれど、とんだ災難に見舞われたことだけは理解した。

          ☆

「君も、こぐま座塔に?」
 あのあと二人で立ち上がって、散々謝罪をされて、とにかく席に……と乗風券を確認したら、僕の向かいが彼女の指定席だった。
 今僕たちが乗っている風は、おおぐま座塔から終着塔まで止まらない特別急行だ。こぐま座塔までの約八時間を、彼女と共に過ごすことになる。
 僕はたぶん彼女よりも年上だから、気まずそうに目を逸らし、斜め下を向く女の子の気持ちをほぐすよう話しかけていた。うう、めんどくさいけど。
「面倒なら、無理に話しかけなくていいんですよ……」
「えっ、声に出てた!?」
「いえ、出てませんけど……でもそう思ってたんですね」
 言葉に詰まる僕。どうして僕がこんなに気を遣わなければならないのか。
「こぐま座塔に、祖母の家があるんです。……夏休み、なので」
 お兄さんは? と促されて、「僕もそんなところ、かな」と曖昧に答えた。
「ふうん」
 ちゃんと答える気がないことを察したのか、彼女はそれ以上追求せずに、斜めがけポーチからプリッツを取り出して窓の外を眺めながら食べ始めた。
 本当はこぐま座塔に僕の親戚なんて住んでいない。
 今ある世界八十八塔のなかで一番始めに建てられたこぐま座塔は、六〇〇メートル級というかなり低い塔だ。高校最後の夏休み。僕はこの目で地上を見るために、この風に乗ったのだ。

          ☆

「風が、来ない……?」
 僕は今、こぐま座塔の最上階にいた。
 端的に経緯を言えば、この塔で、僕は地上を見ることができた。
 ……というか、この塔を設計した人間はよほどの物好きだったのか、展望階の床も、エレベータの床も、一部分が硝子張りで作られていたのだ。 
 夏休みの間にこぐま座塔を歩き回り、地上が見える場所を探すと言う僕の目的は、長旅を終えて風から降り立った瞬間に、あっさりと果たされてしまったのだった。八時間もかけて、友達の遊びの誘いも全部断って、一世一代の冒険をするつもりで、ここまで来たのに。

「お兄さん、星を渡る風待ち? 来たばっかなのに、もう帰るの?」
 振り向くと、さっきまで一緒だった女の子が立っていた。
「そう、だけど……」
「おおぐま座塔みたいな都会とちがって、ここは田舎だよ? あと数ヶ月は、風は止まらないの。知らなかった?」
 確かに、風を停風させるのにはかなりのエネルギーが必要で、しかもこぐま座塔のような低い塔に送り込むのはより高度な技術なのだと、いつかの科学の授業で習った。だから、人口の少ない、低い塔には必要最低限の本数しか、風は行き来しない、と……。
「えっ、ええっー!」
 困る。それは非常に困る。
 高校最後の夏休み、のはずが。このまま何か月も帰れなかったら、来年も引き続き高校生になってしまうじゃないか!
 僕はすでに来年の大学進学が決まっていて、進学先では、地上に取り残された技術を研究するための部屋に入る予定で……。
「ねえ、行くところがないなら、うちにおいでよ。……夏休みだから、なんて嘘。わたし、都会の学校が嫌になっちゃったから、家出して来たんだ」
 彼女は軽くそう言うと、プリッツを差し出した。
「あ、おばあちゃんの家があるのはほんとだよ? 今は空き家だけど……わたしはしばらくそこにいるつもり。女の子の一人暮らしは物騒でしょ?」
 僕は失意のまま、ふらふらとプリッツを受け取る。女の子は、「じゃあ決まりね!」なんて勝手に言うと、翻って手招きをした。
(なんとか高校に連絡を取って、不慮の事故として扱ってもらう……いや、まてよ。授業なら動画チャットで出席すれば、単位に加算してもらえたはず……いやしかし、こんな田舎で果たして電波が繋がるのか? えーっと、えーっと……)
「ええい、もうどうにでもなれ……だ!」
 まだ夏休みは始まったばかり。一か月のうちに、なんとか留年しない方法を見つければいいんだ! やればできる、やればできる……!
「お兄さあーん、なにやってるのー? 早く早く!」
 手にあったプリッツをポキポキと手早く口に入れて、手についた粉を叩いて。こぐま座塔のホームを背に、僕は走り出す。
 女の子は、弾ける笑顔で僕に手を振っていた。
 行きの風のなかの、気まずい雰囲気はどこに行ったのか。
 都会の学校が嫌で家出と言っていたけれど、一体何があったのだろう――いや、いまは詮索はよそう。まだ夏休みだし。
 ……そういえば、彼女の名前聞いてなかったな。

 まだ名前も知らない女の子の、揺れる白いノースリーブワンピースが。
 一面の硝子窓から差し込む太陽の光を反射して、ひどく眩しく見えた。


終わり


***
zine展in Beppuに出すためのポップを作っていて、短篇集は、なにかいっこずつくらいお話を紹介しておいた方がいいのかなあと思って、ブログに載せてみました。


とゆうわけで、「綺羅星と星屑」収録作品「星を渡る風待ち」でした。

ちなみに表題作「綺羅星と星屑」は、かなり作風がちがうとゆうか、熊の元々の作風は「綺羅星と星屑」の方なので、これ載せたの逆効果なんじゃね…?とゆう気がしないでもない…!!
かるいノリで読み進められるお話が好きな方にも!って思って書いたのが「星を渡る風待ち」です。
良く言えば、違った作風のお話が楽しめる一冊です。

それにしても、「風を渡る星待ち」って素敵なタイトルじゃありませんか?
このタイトルは、千美生の里の野間みつねさんにいただいたのでした。
お題をいただかなかったら、このお話も、そのあとに書いた「綺羅星と星屑』も生まれなかったのですっ。


こちらの見本誌サイトで、他の短編のサンプルも読めます。


***
zine展in Beppuさんは、大分県別府市で行われる展示即売会なのですが、遠くの方でも本を手に入れることのできる「お買い物代行サービス」を行ってくださるそうですっ。
こちらから申し込めますので、ぜひぜひ☆


***
既刊ですので、感想などいただいたりしていまして、ご紹介させてください…!
ご感想、ほんとうにうれしいです。おたからです。

・a piacere*まりもさんのブログ「第三回文フリ大阪感想文その3

・モラトリアムシェルタ*咲祈さん「【感想】-「綺羅星と星屑」-くまっこさん










ほんとうにほんとうにありがとうございます!
あまり表に出してないのですけど、こうしてご感想いただけたときは、泣くほど喜んでるです…!!

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くまっこにっき?

ここは前まで「クマザサ秘密通路」っていうブログだったんだけど、くまっこちゃんが乗っ取りました!
なので、くまっこが日々の恥ずかしいあれやこれやどれやをちまちま載せていく日記になったんだ。
物語とかイラストとか日記とかケーキとか載せていくから、仲良くしてね。

熊についてだよ。

くまっこ

Author:くまっこ
イラストレーターと見せかけて、ただのラクガキ熊。
楽譜の裏と100円ボールペンがお仕事道具。
72色入り298円のクレヨンが宝物。
(よく数えてみたら71色しかなかった。※同じ色が2本入ってた)

くまっこあるばむ。

いまこんなかんじ。

ついったなう。

お手紙ほしいよ!

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